お休みします
突然ですが、しばらくの間このブログをお休みします。
お友達のHPをお手伝いすることになったためです。
いままで遊びに来てくださったみなさん、コメントやトラックバックをくださったみなさん、ありがとうございました。
HPのお手伝いがひと段落しましたらまた投稿を再開したいと思います。
そのときはぜひまたよろしくお願いします。
ではお元気で!
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ではお元気で!
実家に帰ると、わたしが生まれたときから知っているおばさんやおじさんがいっぱいいて、みんな遠慮ないことを言う。会社を辞めてはじめての帰省だったから、「やめてみて、どーう?」とよく聞かれた。そのつど、自分の胸に素直な気持ちを聞いてみた。やっぱり「辞めてよかった~」と思う。
去年の夏は、育休明けて、復帰したばかりだった。ブラウス着て、パンツをはいて、革靴はいて、打ち合わせに汗流した。打ち合わせが終わると、ほっと一息、電車を待つホームでペットボトルの飲み物を買う。昼にかかったら、マックとかドトールとか、そんなところで軽く済ませて、次の打ち合わせの資料を読む。
そんなときよく、娘は今頃どうしてるかな?頭をよぎった。今頃お昼だろう。ちゃんと手作りで、化学調味料の効いたファーストフードなんかじゃないもの、煮物とか、食べてるだろうな。今頃おやつだろう。ペットボトルの炭酸水とか、着色料のよく効いたアイスとかじゃなく、果物とか、みんなで分け合いながら食べているだろうな。
娘の前ではお母さんしながら、保育園に送り出してしまえば、コンビニ暮らしをしている自分を、虚構性の強いお母さんだな、と思っていた。
住宅地に打ち合わせに行った帰り、子どもたちが遊んでいるのが目に入ることもある。ある時は、小学生にあがりたてくらいの子どもたちがザリガニ取りをしていた。バケツの中のザリガニをみんなで分けたら一人2匹くらいか。うちに帰ったら、お母さんにザリガニが取れたことを報告して、水槽を用意してもらって、石を敷き詰め、ザリガニが少し落ち着いてきたら、かつおぶしとかあげるんだろう。
お母さんが働いていたら、お母さんに報告するのを心待ちにしながら、一人で水槽を用意するのかな。水槽がなければ、一人でおふろにでも水を張り、ザリガニが死なないようにしてお母さん待っているのかな。寂しい光景だな。そんなことを考えていた。
仕事だからしかたない。それが割り切るということだ。仕事を続ける人は、そう考えるだろう。だけど、自分にはそれができなかった。仕事を辞めて失うものも大きいけれど、仕事を続けることで失うものも大きい、と思えてならなかった。
子どもがうちに帰ってきて、「おかえりー」と言ってあげる幸せ。それは人生の大きな幸せなのだと思う。育休明けて働き出したつらい夏を、頭にしっかり焼き付けて、反面教師としていこう。わたしにとっては、やっぱり「仕事辞めてよかった」なのだから。
実家に来ている。
ばあばがむすめをかわいがる。
じいじがむすめを見守ってくれる。
まさこがいっしょに遊んでくれる。
甘い物がもらえる。
新しいおもちゃがある。
どこか連れて行ってもらえる。
テレビも見られる。
天国じゃのう、むすめ。
ママがおふろに入ろう、というとイヤい!
歯みがきしよう、といってもイヤい!
わがままし放題だ。
じゃ、こっちで遊ぼう、といったら、
「あっち、いけ!」と言った。
…空耳か。たぶん、そうだ。違いない。
2歳を過ぎてむすめはだんだん賢くなっていく。ということは、まだまだおつむが足りない、ということでもある。
すいかを食べてから、あずきパンのあずきを「種」と言って食べなくなった。
「うんちー」と言ってトイレに座ると「ぶっ」とおなら。あれえっ?と不思議そうにこっちを向いた。恥ずかしがる気配はない。うんちと違って、純粋に不思議に思っているようだ。
小学館とか講談社とかから出ている幼児本は、シールや工作のページの保ちを少しでもよくするため、せこいと思いながらも、発売直後は別の場所にしまっておく。するとむすめ、先月号を取り出して、最初のページをめくり「アンパンマンがいなくなっちゃったー」と大泣きした。
「とんぼのめがね」の歌を新しく覚えた。歌詞の最後、「青いお空を飛んだから~、飛んだから~」の、最後の「飛んだから~」が大好きだ。「ら~」の部分の音程が急にあがるんでおもしろいみたい。で、何度も「飛んだから~」って歌う。でも、すごく音程がはずれちゃってるんだよね、「ら~」っていうのが。
で、まだまだこわれた機械みたいだなあっておかしくって、母に電話したら、「あらー、音痴なのねー」って言われてしまった。子どもって、どの子も音痴なんじゃないのかしらん?
こないだは、むすめの心に「見たて」の世界が生まれたこと書いたけど、言葉の獲得が進むにつれてでてきたのはそれだけじゃない。
「時間」の概念が、その一つだ。
じいじのうちに行って、させてもらったもも狩り。そのももをうちに持ち帰って、熟すまで3日か4日置いておいた。それを食べようと取り出したら、「きのとった。もも。きのとった」って大あぴーる。「きのとった」って何?木の取った?大きいの取った?まさか過去を表現するようになるとは思いもしなかったので、「昨日取ったもも」って言ってるって理解するのに、少々時間がかかった。
次の日、ほかのももを取り出したら、今度は「さっきとった。もも。さっきとった」って言い換えた。昨日取ったももだ」って言ったのに、ママがぜんぜん分かってくれなかったから、考えたな?
むすめはまだ「きのう」も「さっき」もほんとうの定義が分かっていない。ただ漠然と過去と認識しているだけだ。それから、「明日」とか「今度」とかいう「未来」の認識もまだない。だから今は、たとえば好きなお菓子を見つけられて、「これはまだダメよ。明日ね」と言っても理解ができない。でも、きっともうすぐ、「明日ね」が分かるようになるだろう。
時間のない世界から時間のある世界へ。現在は過去との連続であり、それは未来へと続いていくものだと知る。それって、人生における大革命だよね。まさに、神の内から人の子へと変わっていくっていうか。この子の人生がはじまりだす。そんな気がする。
「せんぷうきになっちゃった~、せんぷうきになっちゃった~」と言いながら、いつのまにか、むすめが扇風機カバーをかぶってこっちにやってきた。「せんぷうきになっちゃった~、せんぷうきになっちゃった~」。
ん?
ぎゃ、ぎゃはははは。
なんだ、このこー。
思わず笑ってしまったよ~、きみ。
扇風機カバーをかぶって、スパイダーマン、とか、ハチの巣、とか言うなら分かるけど、両手を時計回りにぐるぐる大きく回して「せんぷうき~」とか言うなら分かるけど、どうしてきみは、扇風機カバーをかぶったら、自身が「せんぷうきになっちゃえる」かも、って思いついたのかな?
たしかに、最近むすめはぱちぱち扇風機のボタンを弱にしたり強にしたりして、ずーっと扇風機に興味を持っていたみたいだったけど、いつ、扇風機きカバーをかぶっちゃったほうが、もっとせんぷうきらしくなる、って考えたのかな?
そういえば、初めて扇風機を見た後、むすめは扇風機に向き合いながら、首を右に左に横に振っていた。大人にとっては扇風機はただの家電なんだけど、むすめは、扇風機のことを、不思議な生き物みたいに感じとっていたのかもしれない。
2歳になって言葉が増えたら、急に、この子の目の前に子どもの世界が広がりだした。公園で、たくさん枝分かれして鳥かごみたいになっている木を見つけたら、木の根本に入っていって、「わたしのおうち」って言っていたし。こないだは、くれよんで「あめ、あめ」って言いながら、ガラス戸や、整理ダンスや、鏡や、壁や扉や部屋中ぜーんぶ、縦の線をひきまくってくれたし。
子どもの発想力って豊かだなあ。大人が見てる目線とぜんぜん違う。この子の世界が大人とぜんぜん違う、空想の世界に生きてることにびっくりする。その感性、失ってしまわぬよう、大切に育ててあげたいと思うんだ。
きのう、植木鉢の土の上にさなぎの抜け殻をみつけたよ。ある日ふといなくなっちゃった、あのあおむしの抜け殻に違いない。
だいぶ前、突然現れた大食いのあおむしは、一日でうちのしその葉をばくばくと食べてぶくぶくに太って、そのでぶぶりと不気味な動きで2歳になりたての娘を怖がらせていたんだけど、ある日ふといなくなっちゃってたんだ。枯れかけた葉っぱのうらや、パセリの茎の間や、ポトスやサフィニアの植木鉢のほうやいろいろ探したけどいない。どっかにいっちゃったんだーって忘れ去ってしまって数週間。
そのあおむしが、ちょうになったよ。
さなぎは、雨に濡れて、しっとりしていた。だから、もうだいぶ前に羽化してしまったのかもしれない。娘を呼んで、教えてあげたけど、チビの娘は「なんのこと?」という顔をしていたよ。いつも、「はらぺこ あおむし」っていうあおむしが蝶になるストーリーの絵本、読んであげてるじゃーん。って言ったけど、やっぱり「わかんない」っていう顔をしていたよ。
いなくなったと思っていた幼虫は、ほんとは土の中にもぐっていた。ちょうになってもどこかで元気に暮らせよ。
生まれ変わって、もう一度職業を選ぶとしたら、やっぱり元の仕事かなと思うくらい、その仕事好きだったから、会社なかなか辞められなくて、短時間勤務制度を申請して、9時30分~17時で働くことにした。
結局定時にあがれなくて、何度も上司に定時であがれるようにとお願いしたのに深夜までの残業が続いたりしたから、もうダメだと辞表を出したんだけど、まだ心残りがあって、最後の悪あがきもした。労組を通して部長と面接させてもらったんだ。
どうせ辞めてしまうんだからと、聞きたかったことを聞いてみた。
まず、「保育園に入って友達になったお母さんたち、多くがほんとに残業なく帰れているのに、うちの会社だけ、そうした基本的な約束がかなわないのはどうして?」と聞いたよ。部長は「あなたの仕事は一人で一案件を抱えるし、残業という概念もない特別な世界だ。この習慣を変えるのはむつかしい」と答えた。
「だから他部署への異動を希望していた。なのに直前に取り消しになった。その代わり次の異動まで勤務時間を守ると約束してくれた。ところがなし崩しになった。それはどうして?」「緊急事態だ。人が足りない。病気になったのもいる。子持ちより病気を優先したい」と部長。
「緊急事態なら、派遣の人を雇ってサポート体制を厚くするくらいはして欲しかった」「予算がない。前例もない」。…とまあこんな感じ。らちがあかない感じがした。
ま、辞表を出した後にこんな質問、部長もさぞ困ったことだろう。「今さら蒸し返してどういうつもりか?」と聞いてきた。そりゃそうだ。だから「どこに出そうとかいうことではない。定時で帰るのが極端だとするならば、どのあたりがいわば手打ちだったのか、それが知りたい」と素直に答えたよ。
そしたら部長は、「他の人とそこそこ同じように、仕事をし続けて欲しい。わたしの妻は専業主婦だが、そうした家庭に比べてみれば、共働きの収入は2倍だ。その分でベビーシッターを雇うくらいのことをしてもらわないと、困る」と本音を教えてくれた。
ハードルが高かったなーと思う。わたしには、とても越えられなかった。
たくさんの人が、くじけずに頑張れと応援してくれていたから、ちょっと残念な気もした。
何度も何度も相談してきた、保育園の園長先生にも報告した。「そっかー、ご苦労さまー。残念だけどね、あなたの会社、男社会だからね。もうね、ムリよー」とか明るく言っていた。そうして「仕事は、またあるよー」って言ってくれたんだ。
「仕事はまたあるさ」。辞める前は、そんな前向きな気持ち全然なれなかったけど、辞めて、そりゃ今までみたいな条件はムリだけど、また好きな仕事、いつかみつかるような気がなんとなくするんだ。世の中広いっていうか。ま、希望的観測ではあるんですけれども。
昨日、政府税制調査会の報告書が発表になった。配偶者控除を廃止するという。石会長がテレビで、「年金・医療・介護の財源確保が主目的。少子高齢化社会において、サラリーマンにがんばってもらうしかない」というようなことを話していた。暗い話だなあと思う。
育休明けて職場に復帰して、年金をはじめとする社会保障と税制について扱ってきた。ほんとに社会保障費、大変なことになっている。厚労省試算によれば、今80兆かかっているんだけど、20年後の2025年には、2倍以上の176兆円かかる見込みだ。団塊の世代の人たちが、保障の受け手に回るからだ。保障の受け手にも痛みを分かち合ってもらわねばならぬと、去年もめにもめた年金国会をはじめ、制度の改革も進められているわけだが、それでも社会保障費が足りない。社会保障費の3分の1くらいは税金から捻出されているが、税源も今4割が国債に頼っているわけで、こちらも足りない。あっちもこっちも足りないのだ。
で、白羽の矢が立ったひとつが、専業主婦だ。今回は税制上の、配偶者に対する控除を撤廃してはどうかという提言だ。去年の年金改正論議では、国民年金の第3号被保険者制度も議論された。その時は、専業主婦は保険料を払わなくてずるい、という投書をたくさんいただいたものだ。
そんなに専業主婦はずるい存在かなあと思う。今、社会保障費は70%が高齢者関係のものだ。児童・家庭関係の比重は3.8%しかない。ならば所得税より消費税の税率をあげるのが先じゃないかと言いたくもなる。また、今年60歳の人が支払う厚生年金保険料は40年間で1100万円、トータルの年金給付額は5100万円で、保険料の4.6倍の年金が受け取れる。しかし今年20歳の人は保険料の2.3倍の年金しか受け取れない。この世代間格差をもっと縮めることが先ではないか、と、またぐちぐち言いたくなる。
専業主婦より働く女性の生む子どもの数のほうが有意に高いというデータもある。これは90年代、仕事と子育て両立支援に力を入れてきたひとつの成果だけれども、逆に専業主婦の出生率は上がっていない。それなのに、経済的負担を専業主婦世帯にさらにかけていいのか?とも思う。
でもとにかく、女性も働くことを前提とした制度に切り替わろうとしているのだ。
こんな時代に、うちは専業主婦を抱えてやっていけるんだろうか?やっていけないかもしれないなあと思う。不安要因がまだある。例えば、こうした試算は出生率が1.39になることを前提にしているけれども、今は1.29だ。このままだと、もっと一人当たりの負担が増す。また、産業再生機構の専務、冨山和彦さんは「終身雇用、年功序列の崩壊はむしろこれからが本番」と言っていた。この発言は、ほんとうだろうか?
復帰してから会社を辞めるまで、毎日毎日こんなことばかり調べていた。客観的に見れば、共働きをしてリスクを軽減したほうがいいと痛感していた。でも、そのために子どもを置き去りにしては本末転倒だなあとも思っていた。
税調の答申では、専業主婦の控除の替わりに、子育て支援という形で税制上の優遇措置を設けるとしている。少し、ほっとする。
個人的には、再雇用制度が制度化されればいいと思う。来年度から高齢者を再雇用したりして、定年を延長する制度が始まるが、それに似たものができればいい。子育てが一段落したら、給料は低くてもいいから、定時で帰れて、少しはこれまでのノウハウを生かせられるような仕事に、もう一度就く。例えば、育休社員の補填要員として働く。仕事を辞めたわたしにとっては理想である。そうした安心があれば、安心して子育てに打ち込める。けれども実際は、再雇用制度を設けても、その利用者は少ないらしい。専業主婦の子育て支援のありかたは、意外とむつかしいのかもしれない。
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