名古屋の実家から帰ってみると、春らんまん。桜満開。一週間で季節が変わってしまった。新幹線を降りて上着を一枚脱いだ。娘のカーデガンも脱がせた。あー、春だなあ。会社員から主婦へと切り替わった4月1日はまだ寒かったのになあ。たった一週間前の話が遠い過去のことのようだ。
帰ってみると通っていた保育園の保育士さんからメールが届いていた。子育て支援ハウスみたいなのがあるから来てみないってありがたいお誘いに、実家に帰るから行ってみるの遅くなるって返事してた、その返事だったんだ。「ご実家、名古屋なのですね!もう仕事のスケジュール調整がいらないのだから、のんびりしてきてね。…ほんと、仕事やめてなにが嬉しいって『子どもが病気の朝、パニックにならなくてもいい』って事だよね」とか書いてあった。
そういえば、そうだったなー。朝は、ほんとに大変だった。とくに、娘に自我が芽生えてからは、ほんとに大変だった。「パンツはくの、イヤ!」「パジャマを脱ぐの、イヤ!」とかイヤイヤ攻撃。目やにを拭くにもイヤイヤだから、顔も拭かずによく保育園に行ったな。園の前で、娘が園の中の人影に気を取られている隙に、ママのハンカチで目やにだけちょちょいと取ったりして。
それからカバン。この頃の赤ちゃんはなんでも手にとって出してみたがるから、でかけるその瞬間までカバンは手の届かないところに置いておくんだけど、いざでかけようとかばんを床に置いてちょっと目を離したそのすきに、かばんの中身、どんどん開ける。くつ下はかせて、手ぶくろつけて、帽子をかぶせて、コートを着せて、くつをはかせて、ヘルメットをつける。その間にも、かばんを開ける。
玄関出ても、自転車置き場にたどり着かない。柵の間から「おーい」って言って、消化器をカタカタゆすって、エレベーターのボタンを押して、正面玄関のガラスにぶっちゅーして、タイルの角をなぞって歩いて、ゴミ箱をのぞいて石をいくつか入れて、それを引っ張ってがたがたいうのを楽しんで、マンホールのふたの溝をのぞいて、止まってる自転車のペダルをいじって、それでやっとたどり着く。娘の名を呼んでもぜんぜんこっちに来てくれない。困っていたので1歳6ヶ月検診でその旨素直に話したら、発達の精密検査をされちゃった。うーん、そういう意味で話したんじゃないんだけどなあ。
それから、すぐ「だっちゅ(抱っこ)」ってママにぎゅーってしてくるから、ママの左肩は毎日毎日鼻水のあとがついていました。みんな分かっていただろうな。
ママである私には始業時間がある。しかし娘は、「ママは始業時間が迫っている」ということが分からない。時間というものが分からないうちから、時間でママと区切られるなんてかわいそうだなあ、と毎日毎日思っていた。一方で、始業時間ぎりぎりだったりこっそりちょっぴり遅れたり、会社に着くだけで疲れちゃったりして昔みたいにバリバリ気合いが入れられず中途半端な自分が苦しかったりもした。いつもいつも引き裂かれそうだったな。こういうことが割り切れないと、働くママは続けられない。
たった一週間なのに、遠い過去のようです。どんどん忘れていくな。娘がお熱の朝、自分がどれだけ困ったか、パニックになったか、早く書き留めないと、忘れてしまうな。お迎えに遅れそうになったとき、仕事が終わらなかったとき、夫も忙しかったとき、疲れたとき、夕食が準備してなくて娘が泣き叫んだとき、どれだけ自分が困ったか、大変だったか、追いつめられたか、もうほんとに過去のようだ。
明日は、さっそく、というか、やっと、子育てハウスなるものに行ってみよう。行政のやってる児童館とか子育て支援事業とかそういうのとは違う、NPOがやってるところなんだって。民間の、地域の子育て大切にしたいって人が始めたやつ。時々みそ作りとかやるらしい。また報告します。
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