お休みします
突然ですが、しばらくの間このブログをお休みします。
お友達のHPをお手伝いすることになったためです。
いままで遊びに来てくださったみなさん、コメントやトラックバックをくださったみなさん、ありがとうございました。
HPのお手伝いがひと段落しましたらまた投稿を再開したいと思います。
そのときはぜひまたよろしくお願いします。
ではお元気で!
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お友達のHPをお手伝いすることになったためです。
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HPのお手伝いがひと段落しましたらまた投稿を再開したいと思います。
そのときはぜひまたよろしくお願いします。
ではお元気で!
実家に帰ると、わたしが生まれたときから知っているおばさんやおじさんがいっぱいいて、みんな遠慮ないことを言う。会社を辞めてはじめての帰省だったから、「やめてみて、どーう?」とよく聞かれた。そのつど、自分の胸に素直な気持ちを聞いてみた。やっぱり「辞めてよかった~」と思う。
去年の夏は、育休明けて、復帰したばかりだった。ブラウス着て、パンツをはいて、革靴はいて、打ち合わせに汗流した。打ち合わせが終わると、ほっと一息、電車を待つホームでペットボトルの飲み物を買う。昼にかかったら、マックとかドトールとか、そんなところで軽く済ませて、次の打ち合わせの資料を読む。
そんなときよく、娘は今頃どうしてるかな?頭をよぎった。今頃お昼だろう。ちゃんと手作りで、化学調味料の効いたファーストフードなんかじゃないもの、煮物とか、食べてるだろうな。今頃おやつだろう。ペットボトルの炭酸水とか、着色料のよく効いたアイスとかじゃなく、果物とか、みんなで分け合いながら食べているだろうな。
娘の前ではお母さんしながら、保育園に送り出してしまえば、コンビニ暮らしをしている自分を、虚構性の強いお母さんだな、と思っていた。
住宅地に打ち合わせに行った帰り、子どもたちが遊んでいるのが目に入ることもある。ある時は、小学生にあがりたてくらいの子どもたちがザリガニ取りをしていた。バケツの中のザリガニをみんなで分けたら一人2匹くらいか。うちに帰ったら、お母さんにザリガニが取れたことを報告して、水槽を用意してもらって、石を敷き詰め、ザリガニが少し落ち着いてきたら、かつおぶしとかあげるんだろう。
お母さんが働いていたら、お母さんに報告するのを心待ちにしながら、一人で水槽を用意するのかな。水槽がなければ、一人でおふろにでも水を張り、ザリガニが死なないようにしてお母さん待っているのかな。寂しい光景だな。そんなことを考えていた。
仕事だからしかたない。それが割り切るということだ。仕事を続ける人は、そう考えるだろう。だけど、自分にはそれができなかった。仕事を辞めて失うものも大きいけれど、仕事を続けることで失うものも大きい、と思えてならなかった。
子どもがうちに帰ってきて、「おかえりー」と言ってあげる幸せ。それは人生の大きな幸せなのだと思う。育休明けて働き出したつらい夏を、頭にしっかり焼き付けて、反面教師としていこう。わたしにとっては、やっぱり「仕事辞めてよかった」なのだから。
実家に来ている。
ばあばがむすめをかわいがる。
じいじがむすめを見守ってくれる。
まさこがいっしょに遊んでくれる。
甘い物がもらえる。
新しいおもちゃがある。
どこか連れて行ってもらえる。
テレビも見られる。
天国じゃのう、むすめ。
ママがおふろに入ろう、というとイヤい!
歯みがきしよう、といってもイヤい!
わがままし放題だ。
じゃ、こっちで遊ぼう、といったら、
「あっち、いけ!」と言った。
…空耳か。たぶん、そうだ。違いない。
2歳を過ぎてむすめはだんだん賢くなっていく。ということは、まだまだおつむが足りない、ということでもある。
すいかを食べてから、あずきパンのあずきを「種」と言って食べなくなった。
「うんちー」と言ってトイレに座ると「ぶっ」とおなら。あれえっ?と不思議そうにこっちを向いた。恥ずかしがる気配はない。うんちと違って、純粋に不思議に思っているようだ。
小学館とか講談社とかから出ている幼児本は、シールや工作のページの保ちを少しでもよくするため、せこいと思いながらも、発売直後は別の場所にしまっておく。するとむすめ、先月号を取り出して、最初のページをめくり「アンパンマンがいなくなっちゃったー」と大泣きした。
「とんぼのめがね」の歌を新しく覚えた。歌詞の最後、「青いお空を飛んだから~、飛んだから~」の、最後の「飛んだから~」が大好きだ。「ら~」の部分の音程が急にあがるんでおもしろいみたい。で、何度も「飛んだから~」って歌う。でも、すごく音程がはずれちゃってるんだよね、「ら~」っていうのが。
で、まだまだこわれた機械みたいだなあっておかしくって、母に電話したら、「あらー、音痴なのねー」って言われてしまった。子どもって、どの子も音痴なんじゃないのかしらん?
こないだは、むすめの心に「見たて」の世界が生まれたこと書いたけど、言葉の獲得が進むにつれてでてきたのはそれだけじゃない。
「時間」の概念が、その一つだ。
じいじのうちに行って、させてもらったもも狩り。そのももをうちに持ち帰って、熟すまで3日か4日置いておいた。それを食べようと取り出したら、「きのとった。もも。きのとった」って大あぴーる。「きのとった」って何?木の取った?大きいの取った?まさか過去を表現するようになるとは思いもしなかったので、「昨日取ったもも」って言ってるって理解するのに、少々時間がかかった。
次の日、ほかのももを取り出したら、今度は「さっきとった。もも。さっきとった」って言い換えた。昨日取ったももだ」って言ったのに、ママがぜんぜん分かってくれなかったから、考えたな?
むすめはまだ「きのう」も「さっき」もほんとうの定義が分かっていない。ただ漠然と過去と認識しているだけだ。それから、「明日」とか「今度」とかいう「未来」の認識もまだない。だから今は、たとえば好きなお菓子を見つけられて、「これはまだダメよ。明日ね」と言っても理解ができない。でも、きっともうすぐ、「明日ね」が分かるようになるだろう。
時間のない世界から時間のある世界へ。現在は過去との連続であり、それは未来へと続いていくものだと知る。それって、人生における大革命だよね。まさに、神の内から人の子へと変わっていくっていうか。この子の人生がはじまりだす。そんな気がする。
「せんぷうきになっちゃった~、せんぷうきになっちゃった~」と言いながら、いつのまにか、むすめが扇風機カバーをかぶってこっちにやってきた。「せんぷうきになっちゃった~、せんぷうきになっちゃった~」。
ん?
ぎゃ、ぎゃはははは。
なんだ、このこー。
思わず笑ってしまったよ~、きみ。
扇風機カバーをかぶって、スパイダーマン、とか、ハチの巣、とか言うなら分かるけど、両手を時計回りにぐるぐる大きく回して「せんぷうき~」とか言うなら分かるけど、どうしてきみは、扇風機カバーをかぶったら、自身が「せんぷうきになっちゃえる」かも、って思いついたのかな?
たしかに、最近むすめはぱちぱち扇風機のボタンを弱にしたり強にしたりして、ずーっと扇風機に興味を持っていたみたいだったけど、いつ、扇風機きカバーをかぶっちゃったほうが、もっとせんぷうきらしくなる、って考えたのかな?
そういえば、初めて扇風機を見た後、むすめは扇風機に向き合いながら、首を右に左に横に振っていた。大人にとっては扇風機はただの家電なんだけど、むすめは、扇風機のことを、不思議な生き物みたいに感じとっていたのかもしれない。
2歳になって言葉が増えたら、急に、この子の目の前に子どもの世界が広がりだした。公園で、たくさん枝分かれして鳥かごみたいになっている木を見つけたら、木の根本に入っていって、「わたしのおうち」って言っていたし。こないだは、くれよんで「あめ、あめ」って言いながら、ガラス戸や、整理ダンスや、鏡や、壁や扉や部屋中ぜーんぶ、縦の線をひきまくってくれたし。
子どもの発想力って豊かだなあ。大人が見てる目線とぜんぜん違う。この子の世界が大人とぜんぜん違う、空想の世界に生きてることにびっくりする。その感性、失ってしまわぬよう、大切に育ててあげたいと思うんだ。
きのう、植木鉢の土の上にさなぎの抜け殻をみつけたよ。ある日ふといなくなっちゃった、あのあおむしの抜け殻に違いない。
だいぶ前、突然現れた大食いのあおむしは、一日でうちのしその葉をばくばくと食べてぶくぶくに太って、そのでぶぶりと不気味な動きで2歳になりたての娘を怖がらせていたんだけど、ある日ふといなくなっちゃってたんだ。枯れかけた葉っぱのうらや、パセリの茎の間や、ポトスやサフィニアの植木鉢のほうやいろいろ探したけどいない。どっかにいっちゃったんだーって忘れ去ってしまって数週間。
そのあおむしが、ちょうになったよ。
さなぎは、雨に濡れて、しっとりしていた。だから、もうだいぶ前に羽化してしまったのかもしれない。娘を呼んで、教えてあげたけど、チビの娘は「なんのこと?」という顔をしていたよ。いつも、「はらぺこ あおむし」っていうあおむしが蝶になるストーリーの絵本、読んであげてるじゃーん。って言ったけど、やっぱり「わかんない」っていう顔をしていたよ。
いなくなったと思っていた幼虫は、ほんとは土の中にもぐっていた。ちょうになってもどこかで元気に暮らせよ。
生まれ変わって、もう一度職業を選ぶとしたら、やっぱり元の仕事かなと思うくらい、その仕事好きだったから、会社なかなか辞められなくて、短時間勤務制度を申請して、9時30分~17時で働くことにした。
結局定時にあがれなくて、何度も上司に定時であがれるようにとお願いしたのに深夜までの残業が続いたりしたから、もうダメだと辞表を出したんだけど、まだ心残りがあって、最後の悪あがきもした。労組を通して部長と面接させてもらったんだ。
どうせ辞めてしまうんだからと、聞きたかったことを聞いてみた。
まず、「保育園に入って友達になったお母さんたち、多くがほんとに残業なく帰れているのに、うちの会社だけ、そうした基本的な約束がかなわないのはどうして?」と聞いたよ。部長は「あなたの仕事は一人で一案件を抱えるし、残業という概念もない特別な世界だ。この習慣を変えるのはむつかしい」と答えた。
「だから他部署への異動を希望していた。なのに直前に取り消しになった。その代わり次の異動まで勤務時間を守ると約束してくれた。ところがなし崩しになった。それはどうして?」「緊急事態だ。人が足りない。病気になったのもいる。子持ちより病気を優先したい」と部長。
「緊急事態なら、派遣の人を雇ってサポート体制を厚くするくらいはして欲しかった」「予算がない。前例もない」。…とまあこんな感じ。らちがあかない感じがした。
ま、辞表を出した後にこんな質問、部長もさぞ困ったことだろう。「今さら蒸し返してどういうつもりか?」と聞いてきた。そりゃそうだ。だから「どこに出そうとかいうことではない。定時で帰るのが極端だとするならば、どのあたりがいわば手打ちだったのか、それが知りたい」と素直に答えたよ。
そしたら部長は、「他の人とそこそこ同じように、仕事をし続けて欲しい。わたしの妻は専業主婦だが、そうした家庭に比べてみれば、共働きの収入は2倍だ。その分でベビーシッターを雇うくらいのことをしてもらわないと、困る」と本音を教えてくれた。
ハードルが高かったなーと思う。わたしには、とても越えられなかった。
たくさんの人が、くじけずに頑張れと応援してくれていたから、ちょっと残念な気もした。
何度も何度も相談してきた、保育園の園長先生にも報告した。「そっかー、ご苦労さまー。残念だけどね、あなたの会社、男社会だからね。もうね、ムリよー」とか明るく言っていた。そうして「仕事は、またあるよー」って言ってくれたんだ。
「仕事はまたあるさ」。辞める前は、そんな前向きな気持ち全然なれなかったけど、辞めて、そりゃ今までみたいな条件はムリだけど、また好きな仕事、いつかみつかるような気がなんとなくするんだ。世の中広いっていうか。ま、希望的観測ではあるんですけれども。
昨日、政府税制調査会の報告書が発表になった。配偶者控除を廃止するという。石会長がテレビで、「年金・医療・介護の財源確保が主目的。少子高齢化社会において、サラリーマンにがんばってもらうしかない」というようなことを話していた。暗い話だなあと思う。
育休明けて職場に復帰して、年金をはじめとする社会保障と税制について扱ってきた。ほんとに社会保障費、大変なことになっている。厚労省試算によれば、今80兆かかっているんだけど、20年後の2025年には、2倍以上の176兆円かかる見込みだ。団塊の世代の人たちが、保障の受け手に回るからだ。保障の受け手にも痛みを分かち合ってもらわねばならぬと、去年もめにもめた年金国会をはじめ、制度の改革も進められているわけだが、それでも社会保障費が足りない。社会保障費の3分の1くらいは税金から捻出されているが、税源も今4割が国債に頼っているわけで、こちらも足りない。あっちもこっちも足りないのだ。
で、白羽の矢が立ったひとつが、専業主婦だ。今回は税制上の、配偶者に対する控除を撤廃してはどうかという提言だ。去年の年金改正論議では、国民年金の第3号被保険者制度も議論された。その時は、専業主婦は保険料を払わなくてずるい、という投書をたくさんいただいたものだ。
そんなに専業主婦はずるい存在かなあと思う。今、社会保障費は70%が高齢者関係のものだ。児童・家庭関係の比重は3.8%しかない。ならば所得税より消費税の税率をあげるのが先じゃないかと言いたくもなる。また、今年60歳の人が支払う厚生年金保険料は40年間で1100万円、トータルの年金給付額は5100万円で、保険料の4.6倍の年金が受け取れる。しかし今年20歳の人は保険料の2.3倍の年金しか受け取れない。この世代間格差をもっと縮めることが先ではないか、と、またぐちぐち言いたくなる。
専業主婦より働く女性の生む子どもの数のほうが有意に高いというデータもある。これは90年代、仕事と子育て両立支援に力を入れてきたひとつの成果だけれども、逆に専業主婦の出生率は上がっていない。それなのに、経済的負担を専業主婦世帯にさらにかけていいのか?とも思う。
でもとにかく、女性も働くことを前提とした制度に切り替わろうとしているのだ。
こんな時代に、うちは専業主婦を抱えてやっていけるんだろうか?やっていけないかもしれないなあと思う。不安要因がまだある。例えば、こうした試算は出生率が1.39になることを前提にしているけれども、今は1.29だ。このままだと、もっと一人当たりの負担が増す。また、産業再生機構の専務、冨山和彦さんは「終身雇用、年功序列の崩壊はむしろこれからが本番」と言っていた。この発言は、ほんとうだろうか?
復帰してから会社を辞めるまで、毎日毎日こんなことばかり調べていた。客観的に見れば、共働きをしてリスクを軽減したほうがいいと痛感していた。でも、そのために子どもを置き去りにしては本末転倒だなあとも思っていた。
税調の答申では、専業主婦の控除の替わりに、子育て支援という形で税制上の優遇措置を設けるとしている。少し、ほっとする。
個人的には、再雇用制度が制度化されればいいと思う。来年度から高齢者を再雇用したりして、定年を延長する制度が始まるが、それに似たものができればいい。子育てが一段落したら、給料は低くてもいいから、定時で帰れて、少しはこれまでのノウハウを生かせられるような仕事に、もう一度就く。例えば、育休社員の補填要員として働く。仕事を辞めたわたしにとっては理想である。そうした安心があれば、安心して子育てに打ち込める。けれども実際は、再雇用制度を設けても、その利用者は少ないらしい。専業主婦の子育て支援のありかたは、意外とむつかしいのかもしれない。
この前、名刺がなくて恥ずかしい思いをしました。仕事をしていた時の先輩に勧められて、厚労省の役人と子育て支援について語るフォーラムというのに行ってみたのですが、その受付で、「名刺かなにか、住所などが分かるものはありませんか?」と聞かれました。しかたないので手帳のうしろにはさんであった紙切れに、名前と住所を書いて提出しました。
参加者リストももらったのですが、企業の社会貢献部みたいなところの人も多く、肩書きのない人はたったの3人。名刺社会の日本がおかしい、とはいうものの、ここは日本。名刺がないと何者?のレッテルがべたべたっと貼られてしまうような気がしまして弱気になり、出発前は、よーし発言するぞーなんて意気込んでいたのに、じーっと聞くばかりで帰ってきたのでした。
NPOの人も多くいて、その中には、「NPOのんびり子育て」みたいなタイトルの団体もあったので、よーしこれだ!と思いました。「お弁当を持ってお散歩する会(勝手に命名。会員はわたしと娘)」くらいの名刺、ちょうどいいかなあと。時には慣習に従って、名刺のひとつもあったほうが座りがいいようにも思いまして。ま、「お弁当を持ってお散歩する会」って肩書きが、名刺として成立しているかどうかは別として。
ところで「肩書きのない名刺」というタイトルは、大学時代からお世話になっている天野勝文先生が、三國一朗さんのエッセイを引用されたのを、さらに引用したものです。勉強不足で三國一朗さんのエッセイを読んでいないので、(しかも絶版!)エッセイと真逆のことを言っているのかもしれません。
さて、そのフォーラムで言いたかったのに言えなかったこと、少子化対策とか税制とか社会保障とかのことだったんだけど、その無念をブログではらそうとパソコンに向かうと眠くなってしまいます。日常の感想文と違って、いろいろ調べなきゃいけないんだもん。何日かかけて、下書きからしこしこ書こうと思いました。
今朝、水をあげようとベランダに出たら、しその葉がつんつるてんになっていた。なになにー!?ってびっくりしてしまったけど、すぐにあおむしだなって分かった。しその枝をよーく見てみると、いたいた。茎に足をからめて、体を伸ばして枝のふりしていたよ。ぷくぷくに太っていたよ。そうだよねー。昨日まで、あんなにたくさん大きくなっていた葉を、ぜんぶ食べちゃったんだもんね、おまえ~。
ってわけで、すぐに娘を連れてきて、あおむしだよーって教えてあげたの。つい最近までは虫大好きだったのに、ある日突然「怖い」という概念をなぜか知って、、虫が怖くなってしまった娘は、やっぱり今日も、ヘンな動きをするあおむしをこわーい、こわーいと言って触ろうとしなかった。あんなにぶよぶよのあおむし、わたしだってちょっとかわいくないなって思ったけど、それを言っちゃあ娘はもっと怖がる。そこで、かわいいねー、と言っていいこいいこをしてあげたよ。
それでも娘はこわいこわいと言うので、世界中で有名なエリックカールの絵本「はらぺこあおむし」を開いて、同じなんだよーかわいいねーいいこいいこをしてあげた。すると。娘はちょっと怖がったけど、そーっとあおむしの背中をいいこいいこしてあげたよ。あおむしは、びくっとして体をにょきっとくねらしたので、娘はまた怖がっていたけどね。
認識って不思議。「自分の意にそぐわず動くもの」があるってことが「怖くなっちゃった」娘だけれど、そのうち、虫は娘を襲わないってこと分かってきたら、またきっと怖くはなくなるのね。で、小学校くらいになって、友達の女の子たちが「虫ってこわーい」とかほら黄色い声をあげるようになったらきっと、まねしてなんとなく虫怖くなるんだわー。
大切なしその葉、虫が食べちゃった。きれいな蝶になる前に、うちの植物ぜんぶ葉がなくなっちゃうわ。残念だけど、明日にはあおむし、どこか草がたくさんあるところに異動させてくれよ。ごめんね
すごく変なところに行ってきました。
京浜工業地帯の海に入ってきたのです。
京浜工業地帯の海っていうのは、「東京湾岸ってだいたい倉庫か工場で入れないけど、どこかにぼくたち子どもが入り込んで遊べるような秘密の場所も、見つかるんじゃないかな」っていう発想から探しあてられて、勝手に名付けられた場所なのだけど、年に一度、そのどぶのような京浜工業地帯の海で泳ごう!というのがあって、そこに参加してきたのです。
詳しくどことは書けないけれど、倉庫街に、エアポケットみたいに空き地があってササの葉がおおい茂っている場所があるんだけど、そこを入っていくとホームレスの家が建っていて、さらにそこを抜けていくと、目的地なのです。
海とは言っても、運河の終点というか、入り口なので、干潮のときだけ、岩場と砂場が顔を出す、海とは言えない場所でした。斜め上には、次の埋め立て地へ抜けていく橋がかかっていて、たもとがその海なので、さらにただの川みたいだなあとも思ったけど、とにかく、潮がひいた時だけ海らしくなるので、潮干狩りみたいに、その時を狙って、子どもたちは海に入って、遊んだのです。
古タイヤとか、割れたガラスとか、洗剤の入れ物とか、ゴミだらけだったけど、石を裏返してみるとカニややどかりがたくさんいて、カニ採り合戦もしました。水はやっぱり濁っていたけど、泳いでしまえば楽しいみたいで、子どもたちは、どこかの海水浴場にいるみたいに、シンクロナイズドスイミングのまねをしたりしてはしゃいでいました。もう何キロか先は羽田なので、近く低くに飛行機が飛んでいて「あ、JALだ」とか「スカイエアラインだ」とか言っていたよ。
京浜工業地帯の海を知ってから、ただただその海に行ってみたい!と思っていたので、京浜工業地帯の泥のような海を見ることができてほんとうに満足でした。娘は、波をちょっと怖がっていたけど、反面興味も示していました。だれかが「これが海だと思っちゃったらちょっとかわいそうね」と言ったので、そうだなあと思いました。
家に帰って地図を広げてよく見てみると、すぐ先は、もう埋め立て地もない東京湾が広がっていて、東海汽船の航路も記されていました。ほんとに、太平洋に続いていくんだな。
京浜工業地帯の海。娘が大きくなったら見せてやりたい、宝の海です。
自然いっぱいの場所で子育てするのもいいけれど、都会の片隅で子育てするのも悪くないと思う。
トラックやバスやミキサー車や救急車やパトカーやタンクローリーやブルドーザーがたくさん通る。新幹線の陸橋から、ときどき富士山が見える。近くのどぶ川にも亀がいる。労働者っぽいおじさんが時々やさしい。
一番好きなのは、うちのベランダから見る飛行機だ。夕方は、離陸する飛行機、着陸する飛行機、ひっきりなしに交差するからいい。仕事を終えたサラリーマンを乗せて飛行機が羽田を離れる。どこかの地方に飛んでいたサラリーマンを乗せて飛行機が戻る。一日が終わるなあと思うんだ。
皇太子が紹介して、120万部売れたとも、200万部売れたともいわれている本、「子どもが育つ魔法の言葉」。一番最初のページには詩が書いてある。なになに、「とげとげした家庭で育てると、子どもは、乱暴になる」ですと。この詩、うちには関係ないよ、と思っていた。
ところが、娘が、ある日を境に突然凶暴になった。くつがうまくはけないと「きーっ」と金切り声。スパゲティがうまくくるくるできなかったから手伝ってあげたら、「自分でやりたかったのに」とばかりに怒ってスプーンを「バシーン」。上着がぜんぜん着れなくて、とうとう上着をズボンにみたててそでに足を入れだしたから、そうじゃないよと手を出したら、「いやいいやい(訳:いやだいやだ)」と言ってとうとうママの顔をぺしぺし叩いてきた。これがいわゆる「イヤイヤ期」なんだ、きっと。でも、金切り声あげるわ、道路に寝そべって怒るわ、親の顔ははたくわ、ほんとうに困ってしまう。非行に走った親が、「あんないい子がどうして」とかテレビで言うの見てて、親バカーって思っていたけど、思わず漏らしてしまった、「あんないい子だったのにどうして」。
で、さきほどの本である。そうやって乱暴になるのは、家庭がとげとげしているからだという。げっ、ぐさっ。思いあたる。どの子にも訪れる反抗期だと分かっていても、確かに思い当たる節あり。っていうか節ありすぎ。
「子は親の鏡」。昔っからあったよなー、この言葉。昔は自分の非行のいいわけに使ってた。そんな私も一人の子の親となり、初めて「子は親の鏡」を実感するようになりました。しゅん。子育ては親育て、親は子に育てられる、とかそれに類似した言葉は数あるけれども、なかなか厳しい言葉だなあと思うのです。
夫の大学時代のサークル仲間10人くらいで、お台場でバーベキューした。平均年齢33歳(だいたい)。連休最後の土曜日だったし、雨って予想だったから、ほとんどの人が前の晩から飲んで朝4時くらいに寝たらしいけど、朝天気がよかったからやっぱりバーベキューをやろうか、ということになって、ほんと、サークルみたいなノリで車に分乗して高速を飛ばしてお台場に着いた。
快晴。潮風公園という公園のバーベキュー場でバーベキューした。前方は東京湾。水面がキラキラ反射してた。とってもきれい。遠くに品川の高層ビル群が見える。散策道に犬。フジテレビのドラマみたいな光景が広がっていた(フジテレビ、近場でロケしてんなー)。そのあと、大観覧車に乗って、ボーリングを2ゲームやった。夜8時、クレープを食べた。ボーリング負けたチームが勝ったチームにおごってくれたのさ。ウキウキな一日だった。
帰りの高速は超空いていた。高層ビル群がとってもきれいだったよ。だからか昔話になった。「おまえんちの犬、元気?」「死んじゃった」みたいな。そしたら友人が「最近、ずーっと会ってなかった人が死んじゃってた、とかいうことあるよねー」って言ったよ。そうだよね。なんか分かるー。夫も最近ニュース見ては、「住所不定33歳だってー。同い歳の奴が、たわいもない犯罪で名前が出る年頃になったもんだなー」ってよく言うし。
人生は後戻りがきかない。大学生にはなれないし、娘はどんどん大きくなる。だから、やっぱしちゃんと生きよう。そんな気分になった夜だった。
多摩動物公園に行った。
朝6時、みんなより早く起きてサンドイッチを作る。バターを塗って、レタスをのせて、きゅうりをのせて、チーズをのせて、ベーコンをのせる。麦茶を水筒に入れる。お手ふきも持つ。
公園の入り口にはこいのぼりが泳ぐ。小さな子どもを連れた家族連ればかりの中に混ざる。ライオンバスに乗る行列に並ぶ。娘がきりんを見て喜ぶ。娘は、柵の間から手を出して、「おいで、おいで」をやっていた。
日かげを見つけてビニールシートを広げる。こんな生活がしたかった。こういうことをするために、仕事を辞めるのも、悪くない。
またまた1歳10ヶ月の娘の観察記を書こう。今、娘はまねっこするのがブームだよ。
この間は、おふろに入ろうとした瞬間、はたきが視界に入ってしまいリビングへ逆走。
真っ裸のままテレビをぱたぱたやっていたよ。
パパの時計を腕に巻いて自慢げにママに見せてくれるようになったよ。
パパのまねをしてみたのね。
お友達の子どもは、最近ソファーに横たわって「ママのまねー」って言うようになったんだって。ははは。
まねっこする子どもはかわいいけれど、かわいいなーっていうそれだけがママたちを親ばかにさせるわけじゃない。つい昨日までできなかったこの子が、こんなことができるようになったっていう喜びがあるんだよ。ほんとに、子育ては楽しいね。
親ばかっぽいことも書こう。将来のための記録として。
言葉を覚え始めた娘のしぐさがほんとにかわいい。
おふろに入って10数える。
いち、に、さん、しー、ご、ろく、しち、はちはちはちはち…ってなっちゃうよ。
うまく10まで言えたときも、「もー一回」って数え直してしまうから、のぼせていたよ。
ABCの歌の入ったCDも大好き。
まねするけど、AとBしか覚えられなくて「エビエビエビビー」って歌っていたよ。
「ABCDEFGじじ、ばば、ばばば」になるときもあるよ。
「めー」「くちー」「はなー」って言いながらママの顔の部位を指し示してくれる。
「耳はどこー」って聞いたら、髪の毛に隠れて見えなかったみたい。
まじまじと見つめて、「ないねー」って言ったよ。
髪をかき上げたら、うれしそうに「あったー」って言ったよ。
おしりも覚えたよ。
おしっこしたあとにパンツを脱いで、「しりー」っておしりをつきだしてくれるんだよ。
「おしりー」ならまだしも「お」が言えなくて、「しりー」って言ってしまうんだよ。
将来のためにビデオに撮ってあげるね。
まだまだいっぱいあるよ。
鼻にも穴があることを知った娘は、指しゃぶりをするときに、人差し指を鼻に突っ込むよ。
ほんとに恥ずかしいしぐさだよ。
なんでも自分でやりたがるけど、うまくできない。
ズボンの穴に両方の足を入れて、身動きとれなくて困っていたよ。
加藤登紀子のCDが流れると、童謡じゃないって言ってすごく怒るよ。
松田聖子はちょっとは聞いているよ。
ワンワンをいい子いい子したい時は、自分の頭をなでてアピールするよ。
あーかわいい。まだまだあるよ。でも今日はおしまい。
フラを習い始めた。おつきあい程度で始めたフラだったんだけど、やってみたら意外とおもしろい。ディズニーランドで見ただけだったから、「腰振りダンス」程度の認識しかなかったんだけど、なんていうか、踊りの意味が悲しくていい。
「灯った電気が消える頃、カラカウア山に雨が降る。山々に雨が降る。わたしは心を抱きしめる」みたいなかんじ。土着っぽいんだ。
こういう驚き、社会人になりたてで、岩手に赴任していた頃にも出会ったことがある。東北の盆踊りを見たときだ。東北の盆踊りは「東京音頭」も「炭坑節」も踊らない。やぐらもない。その代わり、「なにゃどやら~なにゃど なされえの なにゃどやーら」って言いながら、延々輪になって踊るのである。それで、死者を呼び込んでいくんだって。富山の「おわら風の盆」とか、秋田の「西馬音内盆踊り」みたいな有名どころと同じようなことを、地域地域でやっているってかんじ。盆踊りって、スピーカーから「月が~でたでた~」と流れてくるもんだと思っていたわたしには、驚きだったな。情感があって。
フラの土着的な悲しみや力強さ、表現できるようになりたいものだ。でも問題は、わたしの運動音痴。運動って、そのココロをいくら理解したところで体が動かなきゃどうしようもないのがイタいところなのよね。今回も、なんかわたしだけ、しこ踏んでるみたいだったらしい。先生に「も少し、足の幅を狭めて~」って言われたわー。フランス駐在帰りの奥様や、NY駐在帰りの奥様たちに囲まれて踊っているというのに。いや、ま、気分はハワイアンなんだけど。
おとといは雨。夕方ちょっとやんだから、娘といっしょに買い物に出かけたらまた降ってきた。「あーあ、雨降ってきちゃった」。そしたら娘がまねしたよ。「雨、ちゃった」。「雨降ってきちゃったねー」って繰り返してあげたら、今度は何度も「雨、ちゃった。雨、ちゃった」と言っていたよ。雨って言葉を覚えたみたい。
これまで雨が降る日は、雨に濡れさせて、雨だよーって教えてあげてたけど、ずーっと言えなかった。水はずっと前から覚えていたけどね。それなのに昨日は、雨、じゃなくて、雨降ってきちゃったっていうかたまりで言い出したから、ちょっと驚いた。雨を、雨が降るっていう状態として覚えてくれたのかな。言葉って不思議だね。
テレビとかでは、よくあかちゃんがママに手をひかれてよちよち歩いているけど、2歳前後の赤ちゃんどもは、ほんとはぜんぜんそんなふうに歩いてくれないからさ、「お弁当を持ってお散歩する会」はむりむりーってみんなが言うからさー、「公園めぐり」からはじめてみました。参加者4組。
記念すべき第一回は、おたまじゃくしのいる公園に行ったよ。おたまじゃくしは全部で300匹くらいいて、水深10センチくらいの水芭蕉池みたいな中だからさ、天気がいいと水が乾いちゃうみたいで、なめくじみたいな黒い物体も土にへばりついていたよ。おたまじゃくしの死体だ。赤ちゃんどもは、まだかえるを見たこともなかったのが災いしたのか、ぜんぜん感動してくれなかったよ。なにこれ?とじーっと見た後、のらねこがきたので、そちらのほうにひかれて去っていってしまったよ。がくっ。はりきっていたのになあ。
池は、みずたまりみたいでほんとに中途半端なんだけど、あとで聞いたところによると、池がひからびないように、毎朝水をやっているおじいさんがいるんだってさ。ちょっと感動。
「赤ちゃんが小さめ。だけど、2800gにはなるだろうから大丈夫」と妊娠中言われ続けたわたしの娘は、2194gととても小さく生まれた。新生児集中治療室(NICU)に15日間入院した。だからか娘は、何でも発達が遅かった。目が見えるようになるのも、首のすわりも、寝返りも、言葉を発するのも。寝返りはほんとに遅くて、カルテには、「軽い発達遅延」と書いてあった。それを見たときは、頭がぼーっとして、世界がまっ暗になった。
ママは、ずっと不安だった。もちろん、ずっと「この子のありのままを受け止めたい」とか「赤ちゃんの個人差を個性として受け止めたい」と思っていたよ。でも、比べちゃいけないと思いながら、ほかの子と比べる。比べるというよりは、ほかの子の発達具合が目に飛び込んできて、いやおうなく娘の発達の遅さを思い知らされる。そんなときは、不安の海の底をただようようだった。この子の発達の遅さは、個性の範疇なのか、それともこれから正常範囲を逸脱していく類のものなのか、誰か教えてください。そう思っていた。でもそれは、医者でさえも分からないことなのだ。
ママはやっぱり、これまで平均点以上であることを目指してきたんだね。ただし…。ただし今でも、赤ちゃんの成長を見たことないのがふつうの母親に、これまで1年生でたし算を習い、2年生で九九を習う、というようなふつうの成長を遂げてきた母親に、発達の幅を信じろ、ということは無理な話だぜ、と思っているけど。
母の心配をよそに、娘は、ゆっくりゆっくり成長していった。まわりのどの子も、もうたっちをするようになってから、ゆっくりと寝返りをした。まわりの子がいないいないばあをきゃっきゃっと楽しむころ、娘は、恥ずかしそうに小さく声をあげるようになったよ。娘がママに教えてくれたのは、じっと待つことの大切さだ。だからもう、一直線に頑張るのはやめて、ゆっくりでも自分の気持ちに正直に生きようと思うんだ。
野草てんぷら会というものに参加しました。このあたり、マンションばかりですすきすら見たことない、と思っていたけれど、食べられる野草がちゃんと生えている、ということなので、珍しいものみたさに参加してみました。
そもそもどれが食べられる野草なのかを知らなかったのですが、ほんとにありました。
最初に向かったのは、マンション建設予定地っぽい更地。ロープで入れないようにしてありましたが、こっそりそこをくぐって入っていきました。どきどきしたなー。向かいはふつうのアパートが建っていて、駐車場では洗車をしている、ごくふつーの場所です。そこにはたくさんたんぽぽが咲いていて、花と茎、葉を採りました。たんぽぽって食べられるんだって。そういえば、昔おひたしにしたような。犬がおしっこかけたりしないのかなあと心配になったけど、ロープが張ってあるから大丈夫だそうです。
次は、新幹線の陸橋の下の土手に行きました。むらさきの花がいっぱい咲いていました。「むらさき大根」っていうんだって。陸橋の下の土手っていうのは草花いっぱい生えていますがフェンスがしてあるのでふつうは入れません。ところが、ところどころ畳四畳分くらい人が入れるようになっているところがありました。まるで秘密の場所です。そこであまり大きくなくて、茎や葉もやわらかそうなのを、上のほうだけ採りました。
最後に行ったのは、誰かの家の裏の崖になっている斜面です。さすがにここでは家の人に一言断って登りました。つくしがいっぱい生えていました。
ちびちゃんチームの娘たちは、ここらへんを回っておしまいでしたが、もう一つの大きい子のチームは、遠くにある原っぱまで行って、「ゆきのした」とか「のびる」とかもたくさん採っていました。のびるの中には似てるけど違う球根も入っていたらしく、「こんなの食べたらお腹がくだっちゃうー」とかきゃーきゃーいいながら、よりわけていました。
野草てんぷらは、想像以上においしかった。たんぽぽもおひたしにするともっと苦かったような気がするけど、てんぷらにすると全然くせがありませんでした。娘もぱくぱく食べていたよ。
こんな都会にもよく見れば草花がいっぱい咲いていました。感心したので、さっそく野草図鑑を買いました。娘がもう少し大きくなったら、野草をいろいろ教えてあげようと思います。
テレビで「育児休業法の改正」が取り上げられていた。ポイントの一つは、「男性の育休取得率のアップ」ということだった。育休を取った父親が紹介された。職場復帰後も、時々フレックスタイム制を使って15時くらいに職場を離れて奥さんと息子のために夕食を作るのだそうだ。奥さんはちょっと照れながら、「たまには主夫、ふだんはサラリーマンという今の生活を楽しんでいるようです」というようなことを言っていた。
うーん、かっこいい!まさに現代の理想の夫婦だ。
こうした理想の夫婦、通っていた保育園にもいたな。うちの保育園は民間で、月謝が高い代わりに、園外保育とか両親参加型の行事とか頻繁に催すことがウリだったから、ふところに余裕があって子育てにも熱心な家庭が多く集まってきていた。送りか迎えを父親がする家庭。行事に夫婦で参加する家庭。子どもが病気の時に夫が会社を休む家庭。こうした夫婦を見るたびに、うらやましいなと思ったものだ。
実は、うちも夫が送りをやってくれた(原則)。洗濯と洗い物も夫の当番だった(ほぼ毎日)。お熱が出たとき、会社を休んでくれたこともあったっけ(ただし2回ほど)。それでもこっちばかり負担している感があった。8対2か、9対1の気分。お迎えが私っていうのが大きかったのかな。お迎えがあると、仕事が途中でも帰らなければならない。職場の目もある。かたや夫は、自由に思う存分残業ができる。どうして夫も少し仕事を自制して、私に協力してくれないかとうらめしく思ったものだ。
でもね、けんかにけんかを重ねた結果、分かったことがある。人生をかけるような仕事をしたいと思っていて、人生をかけてもいいような仕事が目の前にある。そうした人に向かって、その信念を曲げい、と言うことはできないのだ、と。
フィフティー・フィフティー協力夫婦ってのは、理想的な共働きの形だと思う。あこがれたなあ。ただ、それは数ある夫婦の一つの形でしかないんだよね。今をときめくホリエモンだって、離婚しているっていうし。ってこれは関係ないか。ミーハーな私には、このことに納得できるまでにとっても時間がかかった。家族の形はどんどん変わっていく。それに合わせてもっと多様な働き方の選択肢があったらいいと思う。これこそ、遠い理想のようだけど。
名古屋の実家から帰ってみると、春らんまん。桜満開。一週間で季節が変わってしまった。新幹線を降りて上着を一枚脱いだ。娘のカーデガンも脱がせた。あー、春だなあ。会社員から主婦へと切り替わった4月1日はまだ寒かったのになあ。たった一週間前の話が遠い過去のことのようだ。
帰ってみると通っていた保育園の保育士さんからメールが届いていた。子育て支援ハウスみたいなのがあるから来てみないってありがたいお誘いに、実家に帰るから行ってみるの遅くなるって返事してた、その返事だったんだ。「ご実家、名古屋なのですね!もう仕事のスケジュール調整がいらないのだから、のんびりしてきてね。…ほんと、仕事やめてなにが嬉しいって『子どもが病気の朝、パニックにならなくてもいい』って事だよね」とか書いてあった。
そういえば、そうだったなー。朝は、ほんとに大変だった。とくに、娘に自我が芽生えてからは、ほんとに大変だった。「パンツはくの、イヤ!」「パジャマを脱ぐの、イヤ!」とかイヤイヤ攻撃。目やにを拭くにもイヤイヤだから、顔も拭かずによく保育園に行ったな。園の前で、娘が園の中の人影に気を取られている隙に、ママのハンカチで目やにだけちょちょいと取ったりして。
それからカバン。この頃の赤ちゃんはなんでも手にとって出してみたがるから、でかけるその瞬間までカバンは手の届かないところに置いておくんだけど、いざでかけようとかばんを床に置いてちょっと目を離したそのすきに、かばんの中身、どんどん開ける。くつ下はかせて、手ぶくろつけて、帽子をかぶせて、コートを着せて、くつをはかせて、ヘルメットをつける。その間にも、かばんを開ける。
玄関出ても、自転車置き場にたどり着かない。柵の間から「おーい」って言って、消化器をカタカタゆすって、エレベーターのボタンを押して、正面玄関のガラスにぶっちゅーして、タイルの角をなぞって歩いて、ゴミ箱をのぞいて石をいくつか入れて、それを引っ張ってがたがたいうのを楽しんで、マンホールのふたの溝をのぞいて、止まってる自転車のペダルをいじって、それでやっとたどり着く。娘の名を呼んでもぜんぜんこっちに来てくれない。困っていたので1歳6ヶ月検診でその旨素直に話したら、発達の精密検査をされちゃった。うーん、そういう意味で話したんじゃないんだけどなあ。
それから、すぐ「だっちゅ(抱っこ)」ってママにぎゅーってしてくるから、ママの左肩は毎日毎日鼻水のあとがついていました。みんな分かっていただろうな。
ママである私には始業時間がある。しかし娘は、「ママは始業時間が迫っている」ということが分からない。時間というものが分からないうちから、時間でママと区切られるなんてかわいそうだなあ、と毎日毎日思っていた。一方で、始業時間ぎりぎりだったりこっそりちょっぴり遅れたり、会社に着くだけで疲れちゃったりして昔みたいにバリバリ気合いが入れられず中途半端な自分が苦しかったりもした。いつもいつも引き裂かれそうだったな。こういうことが割り切れないと、働くママは続けられない。
たった一週間なのに、遠い過去のようです。どんどん忘れていくな。娘がお熱の朝、自分がどれだけ困ったか、パニックになったか、早く書き留めないと、忘れてしまうな。お迎えに遅れそうになったとき、仕事が終わらなかったとき、夫も忙しかったとき、疲れたとき、夕食が準備してなくて娘が泣き叫んだとき、どれだけ自分が困ったか、大変だったか、追いつめられたか、もうほんとに過去のようだ。
明日は、さっそく、というか、やっと、子育てハウスなるものに行ってみよう。行政のやってる児童館とか子育て支援事業とかそういうのとは違う、NPOがやってるところなんだって。民間の、地域の子育て大切にしたいって人が始めたやつ。時々みそ作りとかやるらしい。また報告します。
4月になった。
3月31日の退職日は何事もなく過ぎ去り、さて心新たに新年度…なのだが、現在名古屋の実家に寄生虫、いや帰省中。ロングバケーションとなりました。ごはんも作ってもらえるし、洗いものもしなくていいし、娘のオムツも替えてもらえるし、あーらくちん。らくちん、らくちん。で、何も書くことがないなあ。
戻りは4月7日。4月7日までは、さてロングバケーションとしよう。おしまい。
きのうは保育園の「退園式」だった。ちょっと寂しい気分になった。
娘を保育園に入れる前は、この子を「保育園育ち」にさせちゃっていいのかなあと不安だったけれども、実際保育園に入れてみて、仕事を辞めるのが惜しいというよりは、娘を保育園に行かせられなくなるのが惜しい、と思うくらい、保育園はいいところだった。
保育園の文集に書いたこと、引用しちゃうー保育園に入っていろんな成長をうれしく思ったが、中でも驚きうれしかったことは、娘に仲間意識が芽生え、強くなってきているらしい、ということだ。園長先生が、「この子はねえ、みんなで手をつなどうっていうと、自分から、手と手をとって握ってあげるんだよ」って教えてくれたときはとってもうれしかった。そのうち、うちでもぬいぐるみの猫やさるをいすに座らせてスプーンでごはんをあげてみたり、寝るときにはまず、ぬいぐるみたちをふとんに並べて「ねんねー、ねんねー」と寝かしつけるようになった。家でも、どうも皆といっしょがいいみたいだ。子どもの中で育ち合うってこういうことなのかなーって、ちょっぴり感心したりして。みんなと仲良く、たくましく大きくなっていってね。
今の時代、素直に育ち合えるコミュニティーは保育園にあるように思う。「お母さん、専業主婦は働く母よりずっと大変なんだよ。働く母は、仕事といういわば気分転換があるけど、専業主婦は一人で子どもと向き合っていかなくちゃいけないからね。お母さん、だいじょうぶなの?」ってエールみたいなのをくれた人もいた。そうだね、ほんとにわたしで大丈夫かな?
さよなら保育園。不安もあるけど、新しい人生に、うちの家族はもうすぐ漕ぎ出します。
時代の風に逆らって、「働く母」を辞めてみた。「専業主婦」になってみた。
1万人規模の会社で、地方へ転勤したり海外出張したり、深夜までの残業そして週2日はタクシー帰りしてたけど、H15年に娘を出産。去年職場復帰したものの、大量の残業が相変わらず課せられたので「働く母」をやめることにした。夜7時に子どもといっしょにご飯を食べる、というような、当たり前が当たり前に続くってこと、キャリアよりも大切だ。
東京都区内の賃貸マンション在住。まわりはコンクリートだらけ、隣の人の名前も分からない。そんな中で、自然や四季のリズムを感じ、地域のみんなと支え合いながら子育てするってどうしたらいいのかな?…うーん、よく分からない。でも、そこから逃げずに正面から向き合うことって大切じゃないかな。
娘は今日で1歳9ヶ月。まずは晴れた日はお弁当を作って娘と街をお散歩することから始めよう。街にはたくさん発見があるに違いない。それに、きっとどこかでお散歩しているお友達にばったり出会って仲良くなるはずさ。
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